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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)776号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人宮城実の上告趣意第一点について。

逮捕状の執行による被疑者逮捕の場合には、刑訴応急措置法八条四号の規定により、前号掲記の旧刑訴一二七条及び一二九条所定の手続をも準用すべきものと解するを相当とする。蓋し右旧刑訴の規定は、司法警察官又は検事に対し、現行犯人又は被疑者を訊問し留置の必要なしと思料するときは直ちに釈放する権限を与えて、現行犯人又は被疑者の利益を図った規定であるからである。そして、右被疑者の訊問には、旧刑訴一三九条により同一三三条の人定訊問の規定の外同一三四条(被告人ニ対シテハ被告事件ヲ告ゲ其ノ事件ニ付陳述スベキコトアリヤ否ヲ問ウベシ)、同一三五条(被告人ニ対シテハ丁寧深切ヲ旨トシ其ノ利益ト為ルベキ事実ヲ陳述スル機会ヲ与ウベシ)、同一三六条(被告人ヲ訊問スルトキハ裁判所書記ヲシテ立会ワシムベシ)等の規定が準用されるものであるから、裁判官でない司法警察官又は検事に右のごとき訊問権を与えたからといって、必ずしも被疑者の利益を害するものとはいえない。されば、逮捕状によって逮捕された被疑者である被告人西村武夫を受取った本件司法警察官は、前記旧刑訴一二七条によって同人を訊問する権限を有するものというべく、従って、かかる権限によって適法になされた所論訊問調書は、証拠能力を有すること勿論であるから、これを証拠とした原判決には所論の違法は認められない。

弁護人宮城実上告趣意第二点、弁護人山崎一男、同岩城重男の上告趣意第三点について。

しかし公訴を提起された一個の詐欺罪の目的物が如何なる種類の物であり、また、その数量が幾程であるかということはその公訴事実の同一性には関係のない事実審裁判所の裁量に属する事実認定の問題であるから、仮りに、検察官が右犯罪の目的物の一部のみを指摘して公訴を提起しても、その公訴の効力は目的物の全部に及び裁判所はその全部に亘り事実の認定をすることができるものであり、また、当初公判請求書に一個の犯罪の目的物として指摘されていた物の種類数量のうちの一部を後に検察官において、公訴の範囲から除外する旨陳述したとしても、裁判所はこれに拘束されることなく、証拠に基いて独自の種類数量を認定し得ることも多言を要しない。そして本件においては、当初公判請求書には、被告人のなした一個の詐欺罪として作業服、シャツ、褌等と共に所論外套二〇六五着を騙取した旨指摘されていたのであるから、その後第一審公判廷で検察官が右のうち外套二〇六五着を削除する旨陳述したからといって、原判決がこれに拘束されることなく、検事の除外した外套の内六五着をも騙取した旨認定したのは正当であって、何等、審判の請求を受けない事件について判決をしたという違法はない。論旨は理由がない。

弁護人宮城実上告趣意第三点について。

原判決は、判示第二の詐欺罪においては東京被服商事株式会社の営業部員に対する唯一個の詐欺行為があったことを認定していることは判文上明らかである。そして、詐欺罪においては財物交付の行為が数回に亘り且つその時、場所、または交付者等が異っていても欺罔行為が一個である場合には一個の詐欺罪が成立することもあるのであるから、原判決が判示のごとく摘示したからといって罪となるべき事実を明確に特定しない理由不備の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

同第四点について。

しかし、原判決の事実摘示と挙示の被告人西村武夫、証人小室徳次の原審公廷における供述と対照して読めば被告人西村が証人小室から判示物件を判示倉庫等で受取ったことが明である。それ故論旨は理由がない。

同第五点同第六点について。

判示物件が所論会社の所有に属するものであること(上告趣意第五点)及び所論会社が判示申請書を第二復員局経理部長に提出する場合の経由会社であること(上告趣意第六点前段)は原判決挙示の証拠を精読すれば肯認できるのである。所論は原審の裁量に属する証拠の判断を非難するものであって上告適法の理由ではない。次に上告趣意第六点後段即ち所論会社の営業部員が誤信した証拠がないという論旨の理由のないことは後述上告趣意第七点に対する判断によって了解すべきである。

同第七点及び弁護人山崎一男、同岩城重男上告趣意第一点について。

原判決は、被告人西村武夫は、原審相被告人沼田政夫と共謀の上実際は戦災者、海外引揚者のため援護用として配給を受けるのではなく、他に転売して利益を得ようとするものであるのに、あたかも、右援護用として、配給を求めるものであるかのように装い判示東京被服商事株式会社に対し物品の配給を求め、同会社営業部員をして被告人等は、戦災者、引揚者のための援護用として配給を求めるものと誤信させた上、尚右配給手続上必要な判示復員庁第二復員局経理部長宛申請書及び判示証明書を同会社に提出し、同会社から判示物品の交付を受けたという詐欺の事実を判示したものであって、右の事実は原判決挙示の証拠によれば肯認することができる。されば、原判決が「被告人西村武夫は、沼田政夫と共謀の上、戦災者及び海外引揚者の援護用に名をかりて、復員庁第二復員局の指示により定着援護及び海外同胞引揚者援護用の被服の縫製加工販売を営む東京被服商事株式会社の在庫品の払下を受けこれを他に転売して利を得ようと企て」と判示したのは、所論のように、被告人は復員庁第二復員局係員を欺罔して判示会社から判示物品を騙取しようと企てたと判示したものと解さなければならないものでないことは原判決判文を読めば自ら明らかなところである。してみれば被告人は真実、戦災者、引揚者のための援護用として配給を求めるのではないのにもかかわらず右援護用として配給を求めるものであるかのように判示会社営業部員を欺いて判示物品の交付を受けたのであるから詐欺罪を構成することは勿論であって、原判決には何等所論のような理由の齟齬はない。また、なる程本件公判請求書には、公訴事実として被告人は、真実、戦災者海外引揚者に配給する意思なきにかかわらずこれある如く装い判示会社を通じ復員庁第二復員局経理部会計課長を欺罔し因って、判示会社から、判示物品の交付を受けて之を騙取したと記載されているは所論のとおりであるから、検察官が裁判所に審判を求めた公訴事実は被告人は、真実、戦災者、海外引揚者のために配給する意思はないのに、これあるかのように装って、判示会社保管の判示物品を自己に取得したとの事実であって、被告人の右犯行を遂げるにあたってなした欺罔行為による被欺罔者を、検察官は復員庁第二復員局経理部会計課長であると解したのに対し、原裁判所は審理の結果、判示会社営業部員が被欺罔者であると認定したに止まり、原判決は、何等審判の請求を受けない事件について判決をしたものではない。何となれば検察官が裁判所に対し審判を求めた事実も、原裁判所が審理判決した事実もその基本的事実においては同一であるからである、故に論旨は何れも理由がない。

弁護人宮城実の上告趣意第八点について。

共犯者の一人が所論のように第一審で懲役僅かに十月に処せられ、しかも執行猶予を附せられて確定し、他の一人が検事上訴の結果懲役二年の実刑に処せられたからといって、公平な裁判所の公正な審判でないということはできない。されば、所論は、結局量刑不当の主張に帰し、上告適法の理由とはならない。

弁護人山崎一男、同岩城重男の上告趣意第二点について。

所論は、原審の裁量に任せられている証拠調の範囲、証拠の取捨並びに事実の認定に対する非難に過ぎない。いずれも上告適法の理由とならない。

よって旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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